最近、ふと思った。
私はお酒が好きだったんじゃなくて、「お酒を飲む時間」が好きだったのかもしれない。
私はいわゆるソバーキュリアス。
お酒は飲めるけれど、飲まないタイプの人間だ。
先日、知人に「あんなに飲んでたのに、どうやってお酒をやめたの?」と聞かれたのをきっかけに、最近はお酒と自分のことをいろいろ考えている。
華金のリミッター
金曜日の夜。
ワインを開けて、映画を流して、ポップコーンを用意する。
「今日はもう頑張らなくていい! 今週おしまい!!!」
そんな空気を作るための、小さな儀式だった。
そして、お酒を飲むと不思議とリミッターも外れる。
「チョコも食べちゃう?」
「カップ麺もいっちゃう?」
そんなふうに、「今日は特別!」というスイッチになっていた。
本当に欲しかったもの
お酒をやめて数年。
最近思うのは、私が本当に欲しかったのはアルコールじゃなくて、「ご褒美の始まり」だったんじゃないかということ。
お気に入りのグラス。
美味しいノンアル。
映画。
お菓子。
キャンドル。
そのどれでも、「今日は自分を甘やかそう」という時間は作れる。
飲まない自分が好きになった
リミッターを外して、欲望のままに動くのも、それはそれで楽しかった。
突拍子もなく行動してみたり、ノリで飛行機のチケットを取ったり。
お酒の勢いで動けたこともあった。
でも飲まなくなってからは、飲まない私が好きになった。
理由は、いつでも自分でいられるから。
少しでもアルコールが入ると、私にはなんとなく「ノイズ」が入る。
勢いで言わなくていいことを言ったり、後から「あれは違ったな」と思ったり。
身体もなんだか、だるくなる。
飲まないで過ごすと、思考がクリアで気持ちいい。
身体もすっきりとしている。
いわゆる「素面」の状態であることが心地よくて、それが飲まない理由になっている。
今は、クリアな自分でいられる夜が好きだ。
「今日は特別!」は素面でも作れる
「今日は特別!」とリミッターを外してくれるお酒は、人生の楽しい相棒だった。
でも今は、その相棒がいなくても、ノリで動ける人間になった。
(どうしてそうなれたのかは、また今度ゆっくり考えてみたい。笑)
お酒を飲んでいた頃は、そのスイッチをアルコールに預けていた。
今は、お気に入りのグラスでも、ノンアルでも、映画でも、甘いものでもいい。
「今日はここまで。」
そうやって、一日の終わりを自分で区切れるようになった。
ご褒美のスイッチは、お酒じゃなくても押せる。
むしろ今は、自分で押せるようになったことが少し嬉しい。

お酒の味は好きなので、ノンアルビールを飲むことはたまにある。
ノンアルビールとポテチと、政宗。
最高のご褒美時間。

アサヒのドライゼロは、喉越しも味もすっきりしてて大好き。
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